朝、刺すような寒さで目を覚ますとテントの中には雨の音が強く響いている。

『なんでこんなに寒いんだ?』

凍えながら急いでお茶用にお湯を沸かす。
テントの中だというのに吐く息も真っ白で、雪でも降りそうな寒さだ。

アスカとミルカと朝ごはん用のパンを食べてからロシア軍用のレインコートを着て、ミルカから馬への荷物の括り付け方を教わった。

相変わらずの土砂降り雨と寒さであまり気は乗らないけど出発。

アスカとミルカは車で後ろに続く。

あくまで今日は見てるだけ。


ジョナサンに乗りつつ、クロの手綱も引いて進んだ。
手綱を持つ手は寒さでかじかんでいる。

今日はさっさと進んで早く切り上げたい所だけど、前に進もうと思っても、ジョナサンは昨日の蚊のせいか全く走らない。

アスカの助言でロープを鞭代わりにしてお尻を叩くと、急に走ったり止まったりしてかなり反抗的になった。

おそらく雨の中で俺の気持ちが萎えているのを感づいていたせいもあるのだろう。


それでもなんとか少しずつ先に進んだ。


お昼過ぎにはすぐ先が見えない位にどんどん雨が強くなってきて、寒さと精神的な疲れも限界に来ていた。

避難するにも、この雨の中でテントを広げればすぐに浸水してしまうだろうし本当に困った。
普段は美しい風景の草原も、こんな時は果てしなく続くこの景色が恐ろしく感じる。

ジョナサンも思うように走ってくれないし、雨は強まるばかりだしどうしたらいいんだろうと途方に暮れていると
遠くのほうに微かだけど山小屋が立っているのが見えた。

今までゲルも建物も一軒も見ていなかったから、疲れで幻でも見ているのかと疑ったけれど近付くと確かにそこには山小屋が建っていた。

とりあえず中を確認すると、遊牧民が冬営地として使っている山小屋のようでもぬけの殻状態だった。


本当に助かった。

急いで荷物を解いて馬装を外し、山小屋へ放り込んだ。


ミルカとアスカにも山小屋の中にテントを立てるのを手伝ってもらい、時間は掛かったけどなんとか湿った薪にも火をつけて凍えた体を温めた。


ロシア軍用のレインコートを使っていても、さすがにこの豪雨は厳しかったみたいで湿った衣服をたき火で乾かしてすぐに寝た。



頭痛と悪寒、関節痛が激しくて、熱が39度以上あるのが自分でも分かった。


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2時間くらい寝て、起きるとアスカとミルカがたき火でインスタントラーメンを作ってくれていた。

雨はすっかり止んだようだ。


熱々のラーメンを食べて少しは楽になったけど、まだ熱は高い。


ミルカとアスカはこの辺で帰る予定だったけれど「本当に大丈夫か??あと3日くらい着いていかせてもらえないか?」と心配してくれた。

これだけ色々として貰っておきながら、これ以上の迷惑はかけられない。


「心配してくれてありがとう。でもこんな風邪は1日寝てれば治るから大丈夫だ!」

と明るく振舞った。


アスカが今にも泣きだしそうなくらい心配そうな顔でこっちを見て話し始めた。

「この先にはオオカミもいるし、山賊や強盗もいる。ここで諦めても何も恥じることはないし、モンゴル人でも1人での横断は本当に難しい。ここで終わりにしなくて本当にいいの?」

「ありがとう。でもまだ始まったばかりで、ここで諦めたらずっと悔しい気持ちは残るだろうしやれるところまでやってみたい。危ないと思ったらすぐにやめるよ」

アスカは諦めた顔で用意していた紙を出してこう言った。

「もし誰かに会ったらこれを見せれば必ず助けてくれるはず。もし何かあったらすぐに電話して。車ですぐに迎えに行くから」


まだモンゴル語で文章を読む事には慣れていないけれど、なんとか分かる単語を繋げていくと、こんなことが書かれているようだった。

『この日本人は私の大事な友人です。モンゴル語も馬の事も必死に勉強しながら一人でモンゴル横断を目指しています。どうか困っている事があったら助けてあげてください。アスカ』

『私の友人のタイトは心優しい青年です。モンゴルの事が大好きで、モンゴル人でも難しいモンゴル横断を一人でしようとしています。どうか同じモンゴル人として彼の挑戦を応援してあげてください。僕の携帯に連絡してもらえればすぐに車で向かいます。ミルカ』

最後に2人の携帯電話の番号が書かれていた。


短い間だったけど濃い時間を過ごしてきた2人とはここでお別れなのかと、急に実感し始めた。

涙が零れそうになるのを抑えながら、「ありがとう」と言って2人とハグをした。


「これ使って!」

アスカがこっそり用意してくれていた缶詰やビールを受け取った。

これでしばらくは食料が足りなくなることはないだろう。



最後に記念の写真を撮って握手をした。


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「心配だけど大変な挑戦をするタイトを応援してる。本当に大丈夫か心配だから時々電話してね。」

「いつでもバヤンウルギーに戻って来いよ!絶対だからな!」


手を振りながら、草原の向こうに消えていく車を見送った。

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久しぶりの一人。
見渡す限り人影も建物もなく、ただ草原が広がっているだけ。


少し寂しい気持ちになったけれど、明日までに体調を整えなきゃな。



さっきよりは少し良くなったけど、念の為にテントに戻って熱を測ってみると39.5度もあった。


とりあえずハチミツをお湯に溶かして飲んで、食べれるだけの白米を口の中に掻き込んでから、抗生物質を飲んで寝た。

ジョナサンとクロは食べる草がなくなっちゃうから、夜の間も2時間毎に移動させては寝てを繰り返した。



移動距離:13
座  標:北緯 49.14304 , 東経 90.27995